SRP: 単一責任の原則 (Single Responsibility Principle)¶
原則の正確な意味¶
モジュール(クラス・関数・ファイル)を変更する理由は、ただ1つであるべきである。
原文のニュアンスは「A module should be responsible to one, and only one, actor(モジュールはただ1つのアクター=変更を要求する人々に対して責任を負うべき)」。つまり「1つのことをする」ではなく「1種類の人・都合のためだけに変更される」が正確な意味です。
- 企画がバランス調整で変えたい部分
- UIデザイナーが見た目で変えたい部分
- インフラ担当が保存先で変えたい部分
これらが1つのクラスに同居していたら、SRP違反です。
よくある誤解¶
- 「1クラス1メソッドにする」 — 違います。変更理由が1つなら、50メソッドあってもSRPは満たします(例: 数学ベクトルクラス)。
- 「小さいクラスほど良い」 — 分割しすぎて1つの変更理由が10クラスに散る(ショットガン手術)のは、逆方向のSRP違反です。
- 「責任=機能」 — 責任は機能の数ではなく、変更を要求してくる都合の数で数えます。
違反している小さなコード例(C++版)¶
// C++20(問題例)
#include <fstream>
#include <string>
#include <vector>
class HighScoreTable {
public:
void Add(int score) { // 都合1: ランキングの仕様(企画)
scores_.push_back(score);
std::sort(scores_.rbegin(), scores_.rend());
if (scores_.size() > 10) scores_.resize(10);
}
std::string ToDisplayText() const { // 都合2: 表示フォーマット(UI)
std::string out;
for (std::size_t i = 0; i < scores_.size(); ++i)
out += std::to_string(i + 1) + "位: " + std::to_string(scores_[i]) + "\n";
return out;
}
void SaveToFile(const std::string& path) const { // 都合3: 永続化(保存形式)
std::ofstream f(path);
for (int s : scores_) f << s << "\n";
}
private:
std::vector<int> scores_;
};
「上位10件」の仕様変更も、「1位だけ金色表示」も、「JSON保存への変更」も、全部このクラスの変更になります。3つのアクター(企画・UI・保存)に責任を負っています。
改善後のコード例(C++版)¶
// C++20
#include <algorithm>
#include <fstream>
#include <string>
#include <vector>
// 都合1のみ: ランキングのルール
class HighScoreTable {
public:
void Add(int score) {
scores_.push_back(score);
std::sort(scores_.rbegin(), scores_.rend());
if (scores_.size() > kMax) scores_.resize(kMax);
}
const std::vector<int>& Scores() const { return scores_; }
private:
static constexpr std::size_t kMax = 10;
std::vector<int> scores_;
};
// 都合2のみ: 表示(自由関数で十分。クラスにする必要はない)
std::string FormatHighScores(const std::vector<int>& scores) {
std::string out;
for (std::size_t i = 0; i < scores.size(); ++i)
out += std::to_string(i + 1) + "位: " + std::to_string(scores[i]) + "\n";
return out;
}
// 都合3のみ: 永続化
void SaveScores(const std::vector<int>& scores, const std::string& path) {
std::ofstream f(path);
for (int s : scores) f << s << "\n";
}
何が変わったか: 表示変更はFormatHighScoresだけ、保存形式変更はSaveScoresだけを触ればよく、ランキングのルール(中核)はどちらの変更でも無傷。クラスを増やさず自由関数で分けた点にも注目してください(SRPの単位はクラスとは限らない)。
C#版(Unityでの例)¶
// 問題例: MonoBehaviourにすべてが同居(Unityで最頻出のSRP違反)
public class Player : MonoBehaviour {
void Update() {
// 入力読み(入力の都合)+ 移動(操作感の都合)+ HP処理(戦闘の都合)
// + UI更新(見た目の都合)+ PlayerPrefs保存(保存の都合)が1つのUpdateに…
}
}
// 改善例: 変更理由ごとにコンポーネント分割
public class PlayerMovement : MonoBehaviour { // 操作感の都合のみ
[SerializeField] private float speed = 5f;
public void Move(Vector2 dir) => transform.Translate(dir * (speed * Time.deltaTime));
}
public class PlayerHealth : MonoBehaviour { // 戦闘の都合のみ
public event System.Action<int, int> HpChanged; // UIはこれを購読(UIの都合を切り離す)
private int hp = 100;
public void TakeDamage(int amount) { hp -= amount; HpChanged?.Invoke(hp, 100); }
}
Unityの Component 分割は SRP を実践する自然な受け皿です。「1 MonoBehaviour = 1変更理由」を目安にすると神クラス化を防げます。
ゲーム開発での例¶
- ダメージ計算式(企画の都合)と被弾演出(演出の都合)の分離 → ケーススタディ: ダメージ計算
- セーブの「何を・どの形式で・どこへ」の3分割 → 責務と関心の分離
- レベルデザイナーが触るデータ(ScriptableObject/DataTable)とプログラマが触るロジックの分離
原則同士の関係¶
- SRPは分け方の原則。分けた後の繋ぎ方を整えるのが DIP、拡張の受け口を作るのが OCP。
- インターフェース版のSRPが ISP(クライアントの種類ごとにインターフェースを分ける)。
- 凝集度(→ 第1部)を「変更理由」という判定基準で運用可能にしたものがSRP、と捉えると整理しやすいです。
適用しすぎた場合の弊害¶
- 1つの仕様変更で10ファイルを直す「ショットガン手術」化。同じ理由で一緒に変わるものは一緒に置くのもSRPの要求です。
- クラス爆発:
PlayerJumpInputCheckerのような極小クラスの群れは、追跡コストが凝集の利益を上回ります。 - 変更理由の予想が外れると、間違った軸で分割された構造だけが残ります。実際に変更が来てから分割するのが安全です(→ YAGNI)。
コードレビュー用チェックリスト¶
- [ ] このクラス/関数の変更を要求してくる「人・都合」を2つ以上思いつくか?
- [ ] 直近3回のこのファイルの変更は、同じ種類の理由だったか?(履歴が違う理由なら分割候補)
- [ ] UI・保存・通信・ログの都合が、ゲームルールのコードに混ざっていないか?
- [ ] 逆に、1つの仕様変更で毎回複数ファイルを直していないか?(分割しすぎのサイン)
- [ ] 分割案は「クラス化」以外(自由関数、イベント購読)も検討したか?
理解度確認問題¶
- SRPの「責任」を数える単位は何ですか。「機能の数」と答えた場合、何が誤りですか。
- 上の
HighScoreTable問題例で、3つのアクターをそれぞれ挙げてください。 - SRPを適用しすぎたときに起きる問題の名前と症状を説明してください。
- 「数学ベクトルクラスは30メソッドあるがSRP違反ではない」— この主張を変更理由の観点で正当化してください。
解答の要点
1. 変更を要求するアクター(人・都合)の数。機能の数だと「1クラス1メソッド」という誤った結論に至る。 2. 企画(ランキング仕様)、UI(表示形式)、保存担当(永続化形式)。 3. ショットガン手術。1つの仕様変更が多数のファイルに散り、修正漏れが起きる。 4. ベクトルの全メソッドは「数学の定義」という単一の理由でしか変わらない(そして数学は変わらない)ため、変更理由は1つ。関連項目¶
演習¶
自分のプロジェクトの一番大きなクラスについて、直近の変更履歴(覚えている範囲でよい)を「どのアクターの都合だったか」で分類してください。2種類以上あれば、最小の分割案(1責務だけ外に出す)を書いてください。
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